山岳の積雪は、場所による構造や強度のバラツキ(=空間的多様性)があり、これが私たちの積雪状態の適切な把握を難しくさせています。また、この積雪の空間的多様性は、雪崩事故の主な原因にもなっています。そこで日本雪崩ネットワークでは、訓練を受けた会員が標準化された『気象・積雪・雪崩の観察と記録のガイドライン』に沿って山岳で各種データを採取し、情報を共有することで積雪状態の把握を試みています。このような人的ネットワークによるコンディションの把握は、程度の差こそあれ、雪崩安全対策を進めている国ではごく普通に行われているオーソドックスな手法です。
どのような種類の雪崩が、どのようなところにあり、どの程度の誘発の可能性を持つのか。これを順序立てて考えていく作業を「雪崩ハザード評価」といいます。この作業には、判断の元となる各種の「データ」、そしてそのデータ類を統合させながら行う「評価」の二段階があります。「雪の掲示板」で公開されている情報は、「データ」となります。掲示板登録者は「評価」も行っていますが、こちらは非公開としています。
データ投稿者は、日本雪崩ネットワーク正会員によって構成されています。データ投稿をする会員は、いずれもトレーニングスクール「雪崩業務従事者レベル1」以上、あるいは同等資格を所持しています。また、ごく一部の一般社会人会員においては「アドバンス・セイフティキャンプ」の講習を受講後、研修会などを通じて標準化された情報の共有ができるようにしています。また、一般の方からの情報提供があった場合、管理者が投稿データを確認し、その後に「一般」という投稿者名で公開されます。
投稿されるデータは、その日に山岳で観察されたデータです。山は大きく、人間が行動できる範囲は限られますので、投稿されているデータは、ある山における「過去」の「点や線」のデータとも表現できます。投稿データは必ずしも「面=全体の状況」を表現していないことを理解する必要があります。
データの利用にあっては、重要度の違いや投稿者によるバラツキがでやすいものなどを区別することが大切です。移動した標高帯と、その日に卓越した気象を理解することは、積雪の全体傾向を理解する際に役立ちます。データの翻訳・解釈が比較的容易な「雪崩などの観察」は、投稿者の経験値やスキルにあまり依存しないため、最も重要な情報と言えます。一方、「積雪構造」は書き込む側も、またデータを読む側も、バックボーンとなる知識や経験を必要とする難しい情報となります。コメントは行動者が、その日にどのような危険を感じていたのかを読み取れる項目になります。以下に積雪構造の例を記載します。
焼結の進んでいない40cmの低密度の雪が以前の吹雪による積雪に載っているが、スキーカットには反応しない。表層10cmには大きな温度勾配(4度)がある。 SPIN参照 。雪庇が発達しており、多くの谷の尾根上に風の影響が見られる。 (説明) ここ最近、かなりの降雪があったことが分かります。また、以前のまとまった降雪の際には、かなりの風も吹いたようです。今回スキーカットを試みた場所では反応がでていませんが、風の影響を受けた場所では、異なった結果になるかも知れません。また、表層には大きな温度勾配がありますので、ここの雪が結合力の弱い雪に変化していく可能性がありますので、後日、山に入った際に確認したいポイントになります。
昨夜の強い南西風が風上斜面を削剥し、風下側に20cmのソフトスラブを形成。このスラブはクラスト上に載り、森林限界付近でのテストでCTM(12)@20cm SPの結果を得た。ウイーク・インターフェイス。
(説明)破断の特徴として、SP、SCの結果は、注意すべきサインです。典型的な弱層を作る雪粒が存在しなくとも、層同士の性格が異なる場合、その境界から雪崩は発生します。 それをウイーク・インターフェイスと呼びます。この日は形成して間もないスラブが、まだ下層の雪と結合していないようですから、アンカーとなるべき樹木等がなく、大きく開けた斜度のある斜面はハイリスクな領域となります。翌日、行動する際は、地形をよく観察し、このスラブが形成されているのか把握するようにします。 たとえ大きな斜面ではなくとも、地形の罠と組み合わされば、厚さ20cmのスラブは十分に危険なものになりえます。
降雨で濡れた雪面が昨日の日中から強まった降雪で埋まり140308MFcr(融解凍結層)を形成。 境界面でCTM12(SP)@43cm on FC(こしもざらめ雪)の結果。スラブは風の影響を受けており、地形のサポートのないところではスキーカットで反応する。
(説明) 積雪内の温度差で角張った結合力の弱い雪(こしもざらめ雪)が形成しており、不安定な兆候を示しています。 このような温度差で形成した雪は不安定性が持続することが多いため、長い期間注意が必要となります。 融解凍結層とこしもざらめ雪のコンビネーションは、山岳積雪内ではよく観察される組み合わせですが、その危険度を的確に見積もるには経験と知識が必要です。 このような分かりやすい兆候がでている場合は、翌日、山に入る際は、それが形成しているであろう方位、標高帯を考え、地形を使って安全マージンを取ることが大事です。
このガイドラインは、ある安全対策を実施するにあたって、どのような、または、いかなる観察をするべきかについて述べたものではありません。これらの用語、方法、技術、記号などを用いることによって、正確な観察記録の作成を行い、各地で行われている雪崩に関する多様な安全対策の情報交換を容易にしようというのが日本雪崩ネットワークの意図するところです。 スキーテスト、プローブやスキーポールを使ったテストなど、他にも方法は多数ありますが、それらのいくつかは標準化が難しいため、ガイドラインとして整備されていないものもあります。しかし、それぞれの手段は必要に応じて実践されています。
雪崩情報は各地域において、概ね青い点線で囲まれた範囲の雪崩危険度とその内容をお伝えしています。雪崩情報の中でも随時触れますが、白馬エリアにおいては、北に行くほど降雪量が増える傾向にあり、また谷川武尊エリアでは相対的に谷川よりも武尊エリアの降雪量が少なくなる傾向があります。それが積雪状態に影響を与えています。
年、月、日を記録します。それぞれの数値に間にはスペース、コンマなどを入れません。例:2004年12月1日は041201と記載します。
観察時刻を24時間スケールで記録します。それぞれの数値に間にはスペース、コンマなどを入れません。例:午後4時20分は1620と記録します。
空を覆う雲量を観察しシンボルマークで記入します。日本の天気予報で「快晴」は雲量1以下、「晴れ」は雲量2以上8以下、「曇り」は雲量9以上になります。薄雲に覆われている場合は、下記マークにダッシュ(-)をつけます。観察地点より下部にある霧・雲はVFと記録し、その最上部の標高を50m単位で推定し記録します。
8方位で記入します。風向が定まらない時はVRBと記入します。
N NE E SE S SW W NW
降雪板に積もった降雪を数ヶ所で計り、平均値を記録します。
総積雪の深さです。
Foot Penetration 乱されていない雪面に片足を踏み込み、徐々に全体重を掛けて貫入させていきます。 止まったところで足を抜き、雪面からの深さを計測します。5 cm以下は1cm単位で、それ以上は5cm単位で記録します。現場の略称:フットペン。
国際分類であるThe International Classification for Seasonal Snow on the Ground(IACS 2008)に従っての雪粒の形態と大きさを記録します。なお雪粒に雲粒(ライム)が付いている場合は、記号の右下に「r」を書くなど、一部で修正し使用しています。
クリスタルスクリーンの升目を参考にして、それぞれの層の雪粒の大きさを記録してください。 大部分を占める雪粒の長径の平均を記録し、2つの異なった大きさの粒が混在する場合はスラッシュ(/)を用い、ばらつきがある場合はハイフン(-)を使って記録します。 例: 0.3/2.5、0.5-1.5、0.5-1.0/2.5
雪をそっと握ってみて、その様子から記録します。
それぞれの層をハンドテストで硬度を観察します。手袋を付けた状態で、層に対して垂直にやさしく押します。
Shovel Shear Test 四角柱(幅25cm x 奥行35cm)を作り、ショベルを斜面に沿って手前に引くことで、弱層の位置を確認します。 テストの際は、四角柱上部の柔らかい雪(F~4F)を全て取り除きます。 後部の切れ目は深さ70cmを超えないようにします。
Compression Test 四角柱(幅30cm×奥行30cm)を作り、ショベルのブレードを叩くことで、弱層を確認します。 叩く際は各部の重みで叩くようにし、過度な力は加えないようにします。 各回10回ずつ叩き、それを積算した数字をデータコードと共に記録します。
破断の特徴は、テスト結果を解釈する際に重要な要素となります。SPやSCの結果は特に留意すべき要素となります。
Rutschblock Test ブロック(幅2m×奥行1.5m)を作り、上部に乗ることでテストします。
雪崩の種類を記録します。デブリの状態からハードスラブか、ソフトスラブなのかを付記します。デブリの中にある雪塊やブロックなどから判断します。
堆積した雪から雪崩の破壊力を推定し、規模を表す数値を選定し記録します。 走路の全長は目安であり、スラブの厚さなどから対象物が受けるダメージを考察し判断します。 中間の数値(1.5など)も使用します。雪崩管理を行っても発生しなかった場合は「0」を記入します。
雪崩を発生させる「きっかけ」記録します。人的要因の場合は、それが故意(管理やテスト)なのか、意図しない偶発的なものなのかも記録します。
雪崩のデブリ先端が到達した位置を記録します。
アバランチパスが短く、発生区、走路、堆積区の区別ができない場合
日本雪崩ネットワークは様々な情報を提供するために、日々活動しております。今後も持続し続けて行くためにも皆様のご協力が必要です。