JAN MAGAZINES

2023/02/23

【vol.13】雪崩事故とバイアス

雪崩事故について考える際は「自分も、必ず、同じような事故を起こす」という視点を失わないことが大切です。私たちはフィールドで入手できる不完全な情報によって、不完全な状況認知を行い、そして不完全な人間が意思決定をしているのです。以下に『雪崩事故事例集190』(山と渓谷社)に掲載されているコラムを転載します。

  

不確実な世界における、最も厄介な相手

判断の妥当性
降雪後の晴れた日、真新しい雪崩の跡はなく、登りながら凸状部でスキーカットをしても特に反応しない。登行しながら手にしたほかの情報も合わせて考えると、「積雪コンディションは悪くはなさそうだ」という確信が自身の中に芽生えてくる。

斜面の入口に立つと、すでに3本のトラックが入っており、快適な滑走を先行者は楽しんだ様子が見て取れる。あなたは「大丈夫だろう」と判断を下して滑り込む。新雪を堪能し、麓のバーでアプレのビールを飲んでいると、その斜面で雪崩事故が発生したことをテレビが告げている。

この日の意思決定は妥当だったのだろうか。

janmag_13_01.PNG

  

誤った成功体験
ある斜面が雪崩れるとわかっていて滑り込む人はいないだろう。つまり、当事者の積雪コンディションに対する確信が、どこかで誤っていたがゆえに事故は発生する。

同じ斜面でインシデントが発生すれば、自分の判断が危うかったことに気づくキッカケになるかもしれない。しかし、それがなかったらどうだろう。積雪には雪崩を発生させうる脆弱性が存在していたにもかかわらず、自分の状況認知は適切だったという「誤った成功体験」しか残らない可能性が高い。そして、それは次の意思決定に影響を与える。

誤った成功体験が生じるのは、結果が良ければ意思決定も良かったに違いないと、私たちは考えがちだからである。意思決定と結末を短絡的に結びつける考え方にいると、良い意思決定をしていても、悪い結末がありうることを忘れてしまう。

  

そろわないパズルのピース
残念ながら、積雪コンディションは、誰にも「完全」にはわからない。どの程度の状態にあるかを判断するため、根拠となる情報を集めて考えていく。それは穴だらけのジグソーパズルを見て、描かれている絵を大雑把に推察することに似ている。

重要なピースがいくつも手に入ればいいが、穴だらけとなったパズルであれば、経験豊富な実務者であれ判断の精度は大きく下がらざるを得ない。私たちは常に「不完全な情報によって不完全な判断」を下している。

  

誰もがはまる罠
事故が起きると、「事前に積雪コンディションは把握できたはずだ」という言葉が現われる。これは後知恵バイアスである。

事故後、私たちは雪崩の発生という「結果」をすでに知っており、もし、現場調査がされていれば、弱層の種類さえも知ることができる。重要なピースを手に入れた後に行なう、意思決定を振り返る作業は、極めて思慮深いアプローチが必要だ。

後知恵バイアスが厄介なのは、「こうすればよかった」あるいは「判断できたはずだ」という事故に対する主観が一度決まってしまうと、それを裏付ける材料を集め、筋の通ったストーリーが作られることにある。

janmag_13_02.PNG

  

熱心さのパラドックス
人は非合理な生き物である。他者の推論の偏りには気づきやすいが、自身の偏りには気づかない。これをバイアスの盲点という。

心理学の研究によれば、私たちの直感に反して、知識があり情報処理能力の高い人のほうが、認知バイアスの盲点の影響を大きく受けることが示唆されている。また、それを自覚していても、克服できないことも報告されている。

これを知れば、事故後に「積雪が危険な状態にあったことは事前に把握できたはずだ」という自信に満ちた言葉が、勉強をしている熱心な山岳利用者や実務者あるいは研究者の一部から出てくるのも理解できる。

知識や経験がある人ほど、主張に合う情報やデータを使って、筋の通る話を作れるからである。そして、雪崩発生前には把握できていない情報や、ストーリーに合わないデータを軽視あるいは無視していく。

  

危うい橋を渡る
誤った成功体験であれ、穴だらけのジグソーパズルであれ、それが示唆するのは「不確実性」である。不完全な情報によって不完全な状況認知がなされ、不完全な人間が意思決定をする。端的に言えば、私たちはかなり危うい橋を渡っている。

不確実性への対処は、自身の状況認知に関する限界を認めると同時に、自身が容易に判断を誤ることを受け入れ、他者からの指摘に耳を傾けつつ協力し合うことである。

フィールドでの雪崩発生など、直接証拠の情報が皆の間でもっと共有されれば、誰かが雪に埋まる前に、重要なパズルのピースを使って個々の状況認知は改善されるだろう。

判断をリーダー任せにするのではなく、パーティ全員が協力して状況認知を進めれば、重要な情報の見落としや認知バイアスの罠に引っかかる可能性も下がるだろう。

状況認知の厳密さを追うのではなく、大雑把な姿しか把握できないという前提を忘れないことだ。そして、わからないことの度合いに合わせて大きくステップバックをする。

ステップバックや他者との協力に抵抗感があるとすれば、それはあなたがこのスポーツに入れ込んできた熱量が作り出した自我(エゴ)である。多くの雪崩プロフェッショナルがプライドこそ最も厄介な存在だと一様に口にする理由はここにある。

最大の敵は自分自身である。

© Japan Avalanche Network. All Rights Reserved.