基礎知識

Unit 7 安全行動

ここでは、昔から指摘されているとても重要な原則的な行動様式に触れたのち、フィールドでの地形認識と行動がもたらすリスクの大きさについて触れます。Unit 1で説明した「雪崩の危険トライアングル」が示すように、雪崩地形に入る「人数」と「時間」をマネジメントすることが、リスク低減の鍵になります。


7.1. 安全な行動様式

この基本的な行動様式が守られていれば、ほとんどの場合で大きな事故を防ぐことができます。また、雪崩に流される人が最小化されますので、生存救出の可能性も上がります。

7.1.1. 雪崩地形に入るのは1人

登るときであれ、滑るときであれ、雪崩地形内に入るのは1人が基本です。たとえば、下の写真のように雪崩の危険に曝される場所を通過する際は、安全な場所にいる人が移動する仲間を見守ります。移動する人は、上部の斜面を気にしつつ速やかに危険地帯を抜け、その先にある安全な場所に移動します。

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リスクの低減には危険に曝される時間を最小化することが大事ですので、通常より時間が掛かるラッセルが必要とされるときなどは特にルートセッティングをよく考える必要があります。時間を掛けずスムーズに移動できるルートを選択してください。

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滑走の際も1人ずつ斜面に入り、仲間は安全な場所で滑走する人を見守ります。滑走者が自ら誘発した雪崩に気づかす、後ろから雪崩が迫ってくるような状況も現場ではあります。滑りを見守っている人はホイッスルを吹くなどして、それを仲間に知らせることが必要です。

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7.1.2. 間隔を空ける

登行の際、雪崩地形内に1人を保つことが難しい場合、適切な間隔を空けます。空ける間隔は「その日に起こりうる雪崩の規模」に対応させます。たとえば、幅50 mの雪崩走路を通過する場合、その日の積雪コンディションからサイズ1程度の雪崩しか発生しない状況ならば、10 m間隔にすれば十分かも知れません。

間隔を空ける際、リーダーは明快な指示を出します。「少し間隔を空けてください」では、メンバーはどの程度の間隔にすればよいかわかりません。10 mといった数字での指示がわかりにくい場合、樹木などを使い、「あのダケカンバまで私が行ったら、次の人が出てください」というように目印を利用します。このようなきちんとした動き出しをしていても、下の写真のような状況はよく起こります。

7_05_gm trap.PNG メンバーの一人がちょっとした急傾斜でシールが滑り、もたつくと、このような状況は発生します。これにより、一番滞留したくない「地形の罠」の中に多人数が集まってしまいます。これを避けるにはメンバー同士での声がけが重要です。リーダーシップだけでなく、フォローワーシップが大切です。

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大きな走路の場合、上の写真のように十分な間隔を空けることが必要な状況もあります。しかし、この余裕をもった間隔を空ける行動自体が同時に時間を要する行為にもなります。ツアーの全体計画において、それはマイナスの要素です。全体状況を考え、予定時間での移動が難しい場合、計画の修正が必要です。

7.1.3. 安全地帯を使う

移動中、適切な間隔を維持するため、地形内にある相対的に安全な場所を使います。周囲よりも高い場所、上部にある程度の密度を持った樹木があるなど、雪崩の危険から身を守れる要素があるのかを考えます。気をつけたいのは、自分の上方にある発生区、および発生しうる雪崩の規模によって、そこが安全地帯となりえるかは変わることです。

7.1.4. 緩やかなルートセッティング

登行の際は、雪崩地形に極力入らない緩やかなルートセッティングにします。無理のないルートは斜度に変化に気づきやすくなりますし、体力温存の面からも有益です。

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下の写真のように最短距離を求めた無理なルートセッティングは、発生区内を移動していますのでハイリスクです。傾斜が急であるため雪崩を誘発しやすいこと、たとえ間隔を空けても複数人が発生区内に入ること、さらに、奥にある大きな発生区の危険に常に曝されているといった複数の理由により、極めて危険度が高いルートになります。

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7.1.5. 現場統制

安全な行動様式の基本を理解したとしても、それを現場で的確に実施するには、グループリーダーによる現場統制と、それをサポートするメンバーのフォローワーシップが大切です。下の写真の状況で雪崩が発生すれば最悪5人が流されてしまいます。なにが起こりうるのかを想像することが必要です。

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7.2. 地形認識とリスク

フィールドでは、その地形が持つ潜在的な危険度を理解することで、ある地形内に入ることによるリスクの種類や程度に気づくことができます。もし雪崩が発生した場合、その地形内にいるとどのようなことが起こりうるのかだけでなく、どのようなルートがより良いかを検討する際に必要な視点です。

7.2.1. ルートの選択肢

ある地形内に入り、途中で積雪状態があまり良くないと気づいた場合、ルートを変更できる選択肢があるか否かは、事故の発生可能性に関わります。積雪の不安定性について十分な確信がないまま、登り返せない、あるいは別の場所へエスケープできない地形に入ることはハイリスクになります。

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上の写真のような地形の場合、ルートの選択肢がないだけでなく、両側に発生区があり、逃げ場のない深い谷のため、この地形全体が大きな「地形の罠」であると認識することが必要です。

7.2.2. 安全地帯

移動あるいは滑走する際、一時的に止まる、あるいはルートの検討などを行うためにメンバー全員が集まれる安全な場所があるか否かは重要事項です。ある地形内にこのような場所がなく、次の安全な場所まで長い距離を移動しなければならないのであれば、そこはハイリスクな地形です。山岳においては、小さい雪崩に対しては有効な安全地帯であっても、大きな雪崩が発生した場合には無意味となる場所はよくあります。現在発生しうる雪崩の規模を考慮しつつ、そこが安全地帯として機能するのか考えます。

7.2.3. 危険に曝される時間

リスクはハザードに曝される時間で大きくなります。たとえば、ある斜面を滑り降りる、あるいは尾根を使って安全に下降したとしても、その後、上部にいくつもの発生区を持つ谷筋の長い下山ルートが残っている場合、リスクは高いままです。もし、あなたのグループが先行者で、下りラッセルが必要とされる状況であれば時間は余計に掛かりますのでリスクはさらに上がります。

7.2.4. 発生区の規模

発生区が大きく、斜度も十分にある場合、表層の雪が薄く雪崩れたとしても、流下する間に雪崩の規模は拡大し、私たちにとって致命的なサイズ2程度にたやすく成長します。下の写真の破断面の厚みは15 cm程度です。しかし、斜面が大きいためサイズ2となりました。大きな開放斜面は斜度感が狂いやすいので、それに注意しつつ地形を認識します。 7_10_ta_start zone.PNG

7.2.5. 複数の発生区が合流

上部に複数の発生区が存在し、それが一つの走路などに合流する場合、潜在的な危険度は上がります。それぞれの発生区の積雪の不安定性は方位や地形で異なるため、その評価の不確実性も大きくなります。また、事故が発生した場合、上部にある複数の危険要素に曝されることになりますで、捜索救助活動に制限が掛かります。

7_11_ta_multi start zone.PNG

7.2.6. 地形内の小地形と誘発点

積雪コンディションは大雑把にしかわからないことが多いものです。おおむね安定しているもの、まだ不安定な感じが少し残っているのであれば、地形内にある誘発点になりやすい場所や、地形が積雪を支えにくい小地形を避ける滑走ラインを選ぶことは重要です。形成しているスラブの特徴を考えつつ、誘発点となりやすいスラブが薄い場所を避けます。

7.2.7. 地形内の樹木と障害物

発生区・走路・堆積区にそれぞれ散在している樹木や岩などの障害物を過小評価しないように。小さい規模の雪崩であっても、それらは致命的な結末を招きやすい「地形の罠」です。

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上の写真では、発生した雪崩の本体は矢印の方向に流下しています。この雪崩により周囲の積雪も不安定となり、撮影者すぐ下の斜面も雪崩れています。流下した雪崩の痕跡(赤丸)が樹木にあることが見て取れます。撮影者直下の斜面が雪崩れたのは傾斜が急だからです。積雪がとても不安定なときは、樹林帯にいても注意深く安全な場所を探す必要があります。

7.2.8. 走路と堆積区の特徴

走路や堆積区が広がりのある地形なのか、それとも深い沢、窪み、段差など、雪崩に流された場合、重大な結末を招く「地形の罠」の要素がないか考えます。

7.2.9. 地形内の他グループ

同じ雪崩地形内にいる他グループは行動マネジメントに影響を与えます。他グループが上部にいれば危険因子となりますので、安全な地形の選択により注意が必要です。逆に、自分たちが他グループの上方にいる場合、不用意なスキーカットをしないなど、他者に対して危険因子とならないようにします。こうした安全行動も視界が悪いと難しくなります。

地形の規模や形状の影響で、他グループが同じ地形内にいることを認識できないこともあります。このような状況で、上部グループが誘発した雪崩よって、そのグループだけでなく、下方にいた複数のグループも雪崩に巻き込まれる事例がこれまでにいくつもあります。

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