基礎知識

Unit 6 不安定性

積雪がどの程度、不安定であるのかを考察するには、いろいろな材料を集め、それらを統合して考えていきます。これは山に入る前から始まり、フィールドで行動している間もずっと続けていく「継続的な作業」です。


6.1. 考え方

「どのような特徴を持つ雪崩が、どのような地形に存在し、その雪崩をどの程度、誘発させる可能性があるか、そして、もしその雪崩が発生した場合、規模はどのぐらいになるか」という道筋で考えます。日本雪崩ネットワークの雪崩情報も大枠としては同じ考え方で発表されていますので、この思考プロセスに慣れることで雪崩情報の理解も進みますし、ご自身の危険の捉え方も成熟していくと思います。

不安定性の推察においては、今、自分が対峙すべき雪崩は、どのようなタイプなのかを考えることが、その出発点になります。そして、状況によっては対峙する雪崩が一つではなく、異なった特徴を持つ複数の場合もあります。

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データや材料を集め、「雪崩の姿」を捉えようとするプロセスは、ジグソーパズルに喩えられることがあります。重要な大きなピースが複数手に入れば、そこ描かれた絵(雪崩の姿)が見えてきますが、材料がごく僅かであれば、絵は判然としません。ここで大切な点は2つです。一つは、ピースの重要度の違いを理解すること、もう一つは、パズルが完成することはない、つまり「不確実性は常に存在する」ということです。

不安定性を評価する目的は、その日のコンディションに合った「より良い地形選択」のためです。ですから、評価の不確実性(わからなさの程度)に合わせて地形を使い、安全のマージンを確保します。

6.1.1. 空間および時間のスケール

自然の中で活動するとき、ある現象の空間スケールと時間スケールを考えることはとても重要です。気象現象であれば、現在の降雪が一時的なものなのか、それとも今後、一日以上継続する可能性があるのかなどです。限定的な雲による降雪と、気圧配置が冬型へと移行する流れでの降雪では、現象の空間的な広がりと継続時間がまったく異なります。

雪崩も同様に、どのような種類の雪崩がどのぐらいの空間的な広がりをもって存在しているのか、あるいはどのような特徴ある地形に存在するだろうか、と考えます。さらに、その雪崩が持つ不安定性は、どのぐらい持続するだろうか、と考えていきます。

6.1.2. 誘発感度

刺激に対する積雪の敏感さを「誘発感度」といいます。たとえば、一塊の雪庇が落ちる程度の刺激で雪崩が発生するのか、あるいは一人の人間程度の刺激で発生するのかなどです。加わる刺激の大きさに対する反応を、積雪を構成する各種要素と見比べながら検討していきます。現場では、下の写真のように小さな雪庇をスキーカットで落としてみることも、その見積もりに役立ちます。

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6.2. 荒天と持続型、2つの不安定性

雪崩を発生させる不安定性は二種類あります。一つは「荒天の不安定性」と呼び、気象現象が直結した不安定性です。大量降雪や強風などが関係しており、気象現象をよく観察することで危険の上昇が比較的把握しやすいタイプです。もう一つは「持続型の不安定性」と呼び、一旦積もった雪が結合力の弱い雪へと変化し、時間が経過してから不安定性が生じるタイプです。このタイプは、人が誘発する可能性が長く継続する傾向があり、それゆえ持続型と呼ばれています。

荒天の不安定性は、シーズン中に何回も経験できること、不安定性が比較的に積雪の表層に近いところにあること、それゆえ人の刺激に対して反応を見せること、あるいは真新しい雪崩などの直接証拠を観察できることが多いといった特徴があります。下の写真のように、スキーパトロールが日常的に安全管理で処理している雪崩のほとんどが荒天の不安定性によるものです。

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持続型の不安定性は、積雪表層付近で形成した結合力の弱い雪が、それに続く降雪で埋もれていき、時間経過した旧雪内から雪崩を発生させます。この弱層を形成する雪質はこしもざらめ雪、しもざらめ雪、表面霜など再結晶化した雪になります。

この不安定性は、荒天の不安定性に比べて相対的に深い位置に弱層が存在しますので、どの程度の刺激で雪崩が発生するか、あるいはどの程度、脆弱性の改善が進んでいるのかの評価が難しくなります。また、その不安定性が生じる場所も、特定の標高帯の特定の方位といったように、限定的な広がりとなることが多いため、気づくことが難しくなります。そして、その発生の際は、スラブの硬度が高いこともあり、規模が大きくなる傾向があります。

雪崩を学び、少しずつ経験を積んでいくと、最初に認識できるようになるのが「荒天の不安定性」です。一方、「持続型の不安定性」は、状況判断に難しい面があり、経験豊富な山岳ガイドなどでも多数、事故に遭っています。

6.3. 不安定性のデータと情報

積雪の不安定性を評価するときは「直接証拠」「積雪データ」「気象データ」という三種類の材料を使います。山に入る前から行動中、そして下山するまで、この3つのデータや情報を集めつつ、不安定性を考えていきます。

6.3.1. 直接証拠

積雪が、今、不安定であることを簡潔に教えてくれる情報を「直接証拠」といいます。ジグソーパズルでいえば最も大きなピースです。直接証拠の中で一番大切にしなければならないのが「真新しい雪崩」の跡です。発生してから時間が経っていない雪崩の跡は、積雪が不安定であることの明白な証拠になります。降雪があったら、周囲の山を見回し、雪崩が発生していないか探してください。

斜面に入ろうとした瞬間、足元に走る「シューティングクラック」も直接証拠です。積雪表層にスラブが形成しており、それがまだ下層と十分に結合していないということを教えてくれます。

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疎林などを歩いているとき、足元の雪の中からくぐもった音が聞こえることがあります。これを「ワッフ音」といいます。この現象は、歩く刺激が届く浅い位置に弱層があり、その雪の結合が壊れて周囲に伝播している証拠です。あとは傾斜があれば雪崩が発生します。自然が「今日は危ないよ」と音で教えてくれているので、それを聞き逃さないようにしてください。

6.3.2. 積雪データ

積雪を掘り、その内部を観察することで得られるデータです。積雪の構造(各層の厚みや硬度)、雪質、雪温、含水率、積雪テストなど、いろいろな項目があります。積雪データの最重要点は「場所選び」です。Unit 5「山岳の積雪」で触れたように、積雪は場所による異なりがあります。ですから、積雪を掘る以前の問題として、その場所が、今、知りたいことの適地であるかを判断しないとなりません。

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積雪の場所による多様性を理解するには、フィールドでのトライ&エラーの経験が必要です。簡易な観測でよいので、「あそこは、きっと、このような特徴だろう」と推察しつつ、いろいろな場所の雪を見てください。これは現場経験を通してしか学べません。たとえば、一週間前に雨が降り、その後、降雪があった場合、下の写真のようにプローブで積雪内を探りながら移動すれば、その降雨で形成した融解凍結層の上に載る積雪の厚みの違いがよくわかります。

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積雪内の浅い位置に結合力の弱い箇所を発見したら、積雪観察をした場所を埋め戻す前に、下の写真のように斜面上方から強く踏み込んでみてください。スキーでも、スノーシューでも構いません。荒天の不安定性が存在していれば、スラブの挙動を観察できるかもしれません。

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経験が浅い方でも比較的簡単に把握できるのが「構造的脆弱性」と呼ばれる不安定性です。たとえば、下のイラストのように、軟らかい雪の上に硬く重たい雪が載っている場合、「逆構造」と呼びます。イラストのグラフは左に伸びるほど雪が硬いことを示しています。

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この逆構造の積雪は結合力の弱い雪が降り、その後、強風が吹いた場合など簡単に生じます。密度が高い、つまり重たいスラブが、密度が低く弱い雪の上に載っているのですから、とても不安定であることのイメージができるかと思います。このような場合、シューティングクラックを観察することもしばしばあります。

一方、下層にいくほど硬い積雪構造を「順構造」といいます。比較的高い気温で降雪が何日も続いた場合、風の影響のない場所であれば、最初の降雪は圧密や焼結を速やかに進め、強度を上げていきます。一方、雪面に近いところでは、それがまだ十分に進んでいませんので軟らかい状態にあります。下のイラストは、このような状態を図示したものです。新雪内に弱い箇所がなければ、相対的に安定した積雪構造といえます。

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上記の説明は新雪についてのみでしたが、積雪全体としてもこのような構造的な特徴を持つこともあります。たとえば、降雪が多く、深い積雪を持つ地域では、積雪全体は大雑把に順構造の特徴を持ちます。一方、降雪が少なく寒暖差が大きければ、積雪全体が逆構造のような特徴を持つ地域もあります。

6.3.3. 気象データ

「気象は雪崩の母である」と表現されます。気象現象が雪崩の特徴に大きな方向性を与えるのです。気象データはいろいろありますが、「降雪」「風」「気温」の3つは極めて重要な項目です。この三要素に関して、急とか強といった強い形容詞が付く現象が生じた場合、積雪に今、どのような種類の不安性があるにせよ、必ず、悪い方向に進んでいると考えてください。ジグソーパズルでいえば大きめのピースになります。


・降雪

降雪の強さは時間降雪深で考えます。たとえば「3 cm/h」と表現されていれば、1時間で3 cm積もる降雪強度です。「今日は良い降りだな」と表現したくなる強さになります。この降雪強度に関しては、フィールドで休憩をする際、ザックの上に積もっていく雪を観察することで、大雑把な推察ができるようになっていきます。

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短期間での大量の降雪があった場合、不安定性は上がっていると考えてください。たとえば、30 cmの降雪があったとしても、一昨日の夜から少しずつ降り、当日の朝までに30 cmになったのか、あるいは当日未明から振り始め、朝までに30 cmになったのかでは、まったく意味合いが異なります。

・風

少樹木が揺れ、雪面の乾いた雪が動く程度の風の強さはとても重要です。目安としては風速8-11 m/s、和風(Moderate)と表現される中程度の風は、尾根の風下側にある発生区に危険なスラブを形成させます。

積雪表層の雪が軟らかい場合、降雪がなくとも、風が吹けば風下側にスラブは形成します。下の写真のように飛雪と雪煙が見てとれるような状況は、ウインドスラブが形成中と考えます。

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また、降雪を伴いつつ中程度の風が吹いている場合、風下側には、風がない状態での降雪よりも3~5倍程度の雪の堆積があることが経験的に知られています。たとえば、時間降雪3 cmの降雪強度が継続し、そこに中程度の風が伴っていれば、3~4時間後には風下側に厚み40 cm程度の軟らかいスラブが形成している可能性があります。これは、もし、雪崩が発生した場合、人を埋めてしまう規模となりうるポテンシャルを持ちます。

・気温

短時間での急激な温度上昇は積雪を不安定化します。積雪は、とてもゆっくりした変化には自身が変形することで対応できるのですが、急激な変化があるとそれに対応できず、不安定化するのです。注意すべきは日射がなくとも、気温が上昇すれば雪は不安定になる、ということです。

6.4 不安定性の評価

データや情報を使って存在する不安定性を考えていく評価プロセスは、大きな空間スケールの特徴をつかみ、そこから徐々に小さい空間の特徴に移っていくことが大切です。気象の推移や状況から大雑把な特徴をイメージし、行動しながら材料を集めることで、モヤモヤした感じの絵が次第にはっきりとしていくのです。

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この「大きな空間から小さい空間へ」という考察の流れは、評価プロセスの途中で生じるわからなさの大きさ(不確実性の程度)を認識する上でも重要です。これは次のステップである地形選択によって安全のマージンを確保するという「意思決定」の方向性を決めるからです。これが理解できれば、なにも考えず、なにも評価もせずに登っていき、滑りたい斜面に着いてからいきなり雪を調べても、それは誤った判断に繋がりかねないことがよくわかると思います。

この考察の流れを理解するため、2つのシナリオを記載しました。現実にはいろいろなパターンがあり、そのパターン認識ができるようになることが「経験を積む」という話になります。

6.4.1. シナリオA

・入山時に得ている情報

しばらく降雪なく、旧雪内に不安定な要素はない模様。昨夕から今朝までに山麓(標高 700 m)で20 cmの降雪。今日の行動予定は森林限界(標高2,000 m)付近まで。

・入山時に不明な重要情報

直接証拠、風の状態、新雪内の脆弱性、新雪と旧雪の境界面の結合状態

・入山時に想定すべき雪崩の種類

点発生雪崩、ストームスラブ、ウインドスラブ

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・行動の最中に行うこと

リフトに乗車しているときからフィールドでの行動中も、常に真新しい雪崩の跡を探す。ラッセルしつつ、降雪の深さや雪の感触を確かめ、点発生雪崩が出るような雪なのか、既にスラブの傾向を持っているのかを探る。ちょっとした安全な凸状地形を使って新雪に踏み込み、シューティングクラックの有無や新雪と旧雪の結合状態を探る。ラッセルの感触や樹木に載る雪、あるいは雪面の状態から風の影響を探る。歩きながらストックのグリップを指し、表層の雪の硬さ、新雪の深さなどを探る。また、その変化に気づく。移動の途中でちょっと止まり、新雪に手を突っ込み、新雪と旧雪の結合部の様子を探る。それが斜面方位の異なりで違いが出るかを探る。これまでに得られた情報から適切と思われる場所で積雪を掘り、新雪と旧雪の境界面および新雪内の脆弱性を探る。安全な小さな凸状地形を使い、スキーカットを試み、積雪表層の雪の挙動を探る。

・評価

どのようなタイプの雪崩が存在し、より危険度が上がる地形はどこか。その雪崩が発生した場合、規模はどの程度になりうるか、雪崩が存在する地形スケールを考慮しつつ、スラブの特徴と弱層の種類や深さから発生しうる規模を推察する。また、その雪崩を発生させるには、どの程度の刺激が必要か。

・不確実性

入山時に得ている情報が大雑把であるため、全体の絵が見えていない状態。このため、現場でのいろいろな観察に基づく状況の把握が必要であり、それが不確実性の原因ともなる。

6.4.2. シナリオB

・入山時に得ている情報

前日、森林限界付近(標高2,000 m)まで行動し、登山や滑走を楽しむ。とても急な斜面でサイズ1の点発生雪崩を複数観察。全体的に風の影響はとても弱く、新雪にはスラブの傾向は見受けられなかった。また、強い寒気が入っている関係で、雪は日中でもよく乾いていた。新雪の深さは20-30 cm程度で新雪と旧雪の境界面の脆弱性は、昨日、行動している限りでは観察できなかった。昨夕から今朝までの降雪はなく、夜間は晴れ。本日も日中は晴れて低温傾向が続く予報。朝、山麓(標高 700 m)から主稜線(標高 2,500 m)を見上げると、雪煙が上がっているのが確認できた。

・入山時に不明な重要情報

直接証拠、森林帯および森林限界付近の風、新雪のコンディション変化、旧雪内の情報

・入山時に想定すべき雪崩の種類

点発生雪崩、ウインドスラブ

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・行動の最中に行うこと

リフトに乗車しているときからフィールドでの行動中も、常に真新しい雪崩の跡を探す。夜間の放射冷却により、昨日、点発生雪崩を起こしていた結合力の弱い雪が、その状態を維持している可能性があるため、積雪表層の様子を探る。観察した主稜線の雪煙によって、アルパインエリアではウインドスラブが形成している可能性が高い。このため、歩きながら雪面に残る風の痕跡を探しつつ、ラッセル時の足裏の感触、ストックのグリップを刺すことなどを行い、積雪表層がスラブの傾向を持つかを探る。あるいは、積雪表層の硬度の変化に気づく。安全かつ適切と思われる場所で簡易な積雪観察を行う。主稜線付近で卓越する風向と、それが標高を下げてきた場合の風向風速の変化を探る。さらに、現在の風が表層の雪を移動させているか、あるいは影響がないかを認識する。積雪表層にスラブの形成が見て取れた場合、安全な小さい地形を使い、スノーシューやスキーで踏み込み、その挙動を探る。

・評価

点発生雪崩あるいはウインドスラブの形成を認識した場合、より危険度が上がる地形はどのような特徴を持つか。また、雪崩が発生した場合、規模はどの程度になりうるか、ウインドスラブの場合、形成している地形スケールを加味しつつ、規模を推察する。また、逆構造が明瞭に現れていれば、その誘発感度は敏感である可能性が高いため、誘発しやすい特徴的な場所はどこか、あるいは逆に、より安全な地形はどのような特徴を持つ場所か。

・不確実性

旧雪内に持続型の不安定性があった場合、それが大きな不確実性の要素となる。また、行動した範囲でしか情報を得ていないため、行動していない別の標高や方位など、ある特徴を持つ斜面には、新雪と旧雪の境界面に不安定性が存在する可能性が残っている。

6.5. 評価の不確実性

評価の信頼度は、現在生じている不安定性の特徴と入手できた情報の質と量、そして評価を行う人間の知識や経験などの影響を受けます。大切なのことは、評価に用いる情報やデータの重要度の異なりを理解することです。たとえば、荒天の不安定性が存在する場合、経験ある人間が丁寧に実施したある一箇所での積雪観察やテストの結果よりも、真新しい雪崩の跡のほうが重要です。

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シナリオBに近い状況において、持続型の不安定性での事故は発生しています。山はとても大きく、私たちの行動範囲は極めて限定的です。私たちはすべてを見ているわけではありません。

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