山岳の積雪は「場所」と「時間経過」で大きく変化し、その多様性が雪崩事故の原因になっています。ここでは基礎的な知識として理解しておきたい「降雪」の種類と、降った雪が堆積してから生じる変化である「変態」のパターン、そして、山岳の積雪の多様性に大きな影響を与えているいくつかの要素について整理しています。
相転移とは、物質の状態(固体、液体、気体)の相互変化のことを指します。日常的によく観察できるのは、「液体」である水が「固体」である氷に変わることや、お湯を沸かすことで水が「気体」である水蒸気に変わることかと思います。一方、雲の中で形成する雪や、その雪が積もってから変化する過程においては、固体と気体の間で変化(凝華・昇華)が重要な役目を担っています。
降雪とは、雲の中で形成し落下してくる雪やその現象を指します。そして、一定時間内に降ったものを「降雪量」あるいは「降雪の深さ」と呼びます。一方、積雪は、地表に積もった雪のことを指します。雪は、地表に到達するまでの間に他の雪と絡み合うことや融解することもあります。また、地表に着いてからも、風で転がり砕かれるなど、形成したときとは形を変えて堆積することもしばしばあります。これからは、まずは降雪と積雪をわけて考え、それぞれの特徴を理解していきましょう。
雪の結晶はとても多様性があり、詳細な区分もありますが、ここでは雪崩に関連する大きな特徴のみ記載しています。雪の結晶は0℃以下でも凍結していない過冷却の水滴である「雲粒」から発生した水蒸気が凝華することで成長します。下の写真のような綺麗な雪結晶を見たことがある方も多いと思いますが、これを「雲粒なし降雪粒子」といいます。
粒径の大きな雲粒なし降雪粒子は、厚みのある層状雲からなる低気圧の前面で降ることが多く、この場合、低密度の結合力の弱い雪の層を作るため、しばしば雪崩の原因となります。また、ある程度の厚みを持つと、その強度が上がるのに少し時間が掛かります。このようなとき、ワッフ音を聞くことも、よくあります。
降雪の最中、雪結晶が雲粒と衝突し、それが凍り付くことがあります。この雪を「雲粒付き降雪粒子」と呼びます。下の写真のように白く濁った球状の部分が凍結した雲粒です。このような雪は絡み合うため、雪同士の接点が多くなり、焼結現象が進むため、比較的速やかに強度を上げていきます。しかし、その結合強度を上げるよりも速く、新しい雪がどんどん降れば、雲粒付き降雪粒子も弱層となり、雪崩の原因となります。
雲粒付き降雪粒子が積乱雲などの活発な対流性の雲の中で上昇と下降を繰り返すと、元の結晶が見えなくなるほど雲粒が付着します。これを「あられ」と呼びます。寒冷前線の通過時に、あられが降るのは一般的な現象です。そして、あられは結合強度が上がるのに多少時間を要するため弱層になることもあります。
雪面で形成する雪結晶もあり、それが「表面霜」です。雪面付近の水蒸気が雪面に触れたとき凝華し、成長します。下の写真のように成長に伴う筋を観察することができます。十分に成長した表面霜は長い期間、積雪内に残り、雪崩の原因となりえます。
表面霜が形成するには、放射冷却によって雪面が大気より冷えていること、雪面付近に水蒸気が十分にあることなどが必要です。そして、水蒸気を次々と運ぶような、ごく弱い空気の移動があるとより大きく成長します。
地表に積もった雪を積雪と呼びます。雪崩は、この積雪内に不安定な要因が生まれて崩れるわけですから、その特徴を理解しておくことは大切です。
斜面積雪には重力が掛かっていますので、この影響で積雪はゆるやかに変形していきます。これを「クリープ」といいます。一方、積雪全体が斜面下方向へ移動する現象を「グライド」と呼びます。このクリープとグライドの動きが活発になる斜面では積雪に「雪シワ」が入り、やがて「全層雪崩」が発生します。
風もなく降ったサラサラの新雪も時間経過とともに密度を上げていきます。これは新雪内の雪粒同士の隙間が雪自体の重みによって狭まるためです。この現象を「圧密」といいます。。
また、物質が融点近い温度にあるとき、接する粒子が結合していく「焼結」という現象も起こり、新雪は強度を上げていきます。たとえば、- 5℃という雪温はとても冷たいように感じますが、雪の世界からみれば、それは融点(0℃)に近いため、焼結現象が速やかに進むのです
圧密や焼結が進むと、新雪は沈んでいきます。これを「沈降」といいます。降雪があった後、時間が経ってから下のような三角錐を木の根元に観察できれば、それは新雪の沈降が進んだ証拠です。雪の安定性に関して、沈降は良いサインにもなりますし、一方でスラブの形成が進んでいるという悪いサインにもなります。
積雪は、降雪時の気象現象の影響を受け、厚さ、硬度、密度、温度など異なった特徴を持つ複数の層を持ちます。各層の厚みや性質は、積雪内部の条件(内的要因)と気象など外部の条件(外的要因)の2つによって、時間経過とともに変化します。これにより、積雪が安定化する、あるいは雪崩を発生させうるような不安定性が生じます。
ある一降雪期間に降る雪で構成される表層付近の積雪を新雪、その吹雪が来る以前の積雪を旧雪といいます。新雪と旧雪の境界面、あるいは新雪内の強度の弱いところから雪崩が発生することは、シーズン中に何回も繰り返されるごく一般的な現象です。これを「荒天の不安定性」といいます。
また、時間経過した旧雪層は、一般的に密度が高く、強い層を形成していきますが、再結晶化した雪が強度を上げないまま旧雪内に存在すると大きな規模の雪崩を発生させることがあります。このような不安定性は、人の刺激で誘発する可能性が長く継続するため「持続型の不安定性」と呼びます。
雪結晶は降雪後、地表に降り積もると形態を変化させていきます。これを「変態」といいます。ここでは3つの重要な変態過程を説明します。
雪結晶が丸みを帯びた小さな粒子に変化していく変態です。この変態が卓越する層は密度が上がり、さらに焼結現象の影響で強度も上げていきます。球形化は雪の温度が0℃以下で、温度勾配が小さいときに起こります。温度勾配とは、積雪内のある2点間の温度差のことです。
雪結晶が角張りながら、大きな粒子に変化していく変態です。雪の結晶から昇華した水蒸気が別の雪結晶に凝華することで、角張った結晶へと変化します。これをわかりやすく「霜が付く」と表現することもあります。雪同士の接点が減るため、焼結が進みにくくなり、安定化も遅れます。十分に再結晶化した雪は触るとパラパラとしており、結晶が互いに絡み合うことが多い新雪とは違うことがわかります。
再結晶化が卓越する層は、一般的に強度が低下する方向にあり、しばしば雪崩を起こします。また、この変態が十分に進むと、雪は強度が弱いまま積雪内に長く残り、持続型の不安定性の原因になります。再結晶化は積雪の温度が0℃以下で、温度勾配が大ききときに進みます。その目安は10 cm間で1℃以上の違いです。
その名の通り、融解して水が生じることで起こる変態です。降雨あるいは昇温や日射などで融解水が生じると、積雪は急激に変化し、強度が低下します。しかし、凍結すると再び、その強度は保たれます。この融解と凍結が繰り返されることで、雪は丸みを帯び、透明な大きな雪粒へと変化していきます。
積雪は、空気をたくさん含んでいますので断熱効果があります。雪洞の内部が外よりも暖かいのは、この理由によります。よって、低温の降雪があれば、その層の雪温は低くなり、日射で温められると雪温は0℃まで上がります。こうしたことが積雪内に温度勾配が生じる原因ですが、その温度勾配も時間をかけてゆっくりと解消していき、下のイラストのように下層に向かって穏やかに雪温が上がる変化になります。
日射や気温などは、積雪表層の概ね30 cmの深さまで影響を与えます。このため、上のイラストのように、日中は積雪表層の雪温が高くなり、夜間に低くなることもしばしば起こります。また、降雪がしばらくなく、その後、まとまった降雪があると、新雪と旧雪の境界面で雪崩がよく発生します。これは、長期間、外気に曝されている雪面は、その温度変化によって性質が大きく変わることなどが原因です。
雪がどちらの方向へ変態するのかを図示したものが下のイラストです。一般的に、球形化や再結晶化の方向については、その変態が素早く進む様子がしばしば観察されます。一方、十分に再結晶化した雪が球形化の方向へ進むには相応の時間が掛かります。
積雪の場所による異なりを空間的多様性と呼んでいます。層構造や雪質などに起因する強度のバラツキが山岳の積雪にはあり、それが多くの雪崩事故の原因となっています。この積雪の空間的多様性が生じるのは、雪の変態など積雪内部の要因と、積雪の外側から影響を与えている外的要因のためです。外的要因には、下のイラストにあるような気温、風、日射などさまざまなものがあります。
雪崩の危険を知るため積雪を掘り、その内部を観察することが、一般的にもよく行われています。しかし、この積雪の空間的多様性により、穴を掘る以前の問題として「適切な場所選び」ができていないと意味がありません。知りたいことに適した場所を選ぶには、かなりのフィールド経験と継続的な勉強が必要な領域になります。簡易で構いませんので「きっと、ここはこのような状態だろう。なぜなら、○○の影響があるから」と考えつつ、積雪観察をしてみてください。トライ&エラーを通して、自然から学ぶのです。
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