対象山域の積雪コンディションをお知らせするため、日本雪崩ネットワークでは全国5つの山域で雪崩情報を発表しています。インターネットによる登山届システム「コンパス」で登山計画を作成すると、毎朝、雪崩情報が更新されたときに通知が届くシステムも構築されています。山に入る前に、雪崩情報を確認し、行動計画に役立ててください。
雪崩情報は、その日に「どのようなタイプの雪崩が、どのような場所に存在し、その誘発の可能性はどの程度なのか、そして、もし誘発した場合、どの程度の規模になりうるのか」について、得られたデータや情報を使って分析評価し、お知らせしています。そして、標準化された5段階の「雪崩危険度」を表示し、その日のコンディションにあった「地形選択と行動の助言」も記載しています。
日本雪崩ネットワークの雪崩情報は、雪崩地形に入ると何が起こりうるのかを表現した「リスク評価」になります。ですから、その日の雪崩リスクを低減するには、行動する人自らの「適切な地形認識に基づく行動マネジメント」がより重要です。
スキー場に設けられたバックカントリーゲートの開閉は「リスク管理」になります。リスク管理には、ある一つの正解は存在しません。なぜなら、山の特徴、入山者の特徴と数、公的救助隊の体制、雪崩情報の有無や安全啓発の成熟度、そして社会制度や文化的背景など、いろいろな要素が複雑に関係するからです。リスク評価とリスク管理を分けて考えることが大切です。
雪崩には個性があり、その特徴によって警戒すべきことが変わります。雪崩情報に用いられている「留意すべき雪崩」は、雪崩情報に関わる現場プロがリスク・コミュニケーションのために整理した区分です。ここでは多くの雪崩事故に関わっている面発生雪崩の4種類について説明します。
まとまった降雪によって生じた不安定性による雪崩です。この雪崩の不安定性は、新雪内あるいは旧雪(荒天が来る前の雪)との境界に生じます。ある厚みを持った弱層が存在することもありますし、ウイークインターフェイス(弱層ではなく、層同士の結合がとても弱い状態)で発生することもあります。そして、雪崩を構成するスラブは、とても軟らかいものから、密度の高いものまでさまざまです。
ストームスラブでは、降雪中の気象変化(降雪強度、気温、風など)で認知しやすい不安定性が生じることもあります。たとえば、穏やかに積もった低密度の雪の上に、気温上昇や風の影響を受けた高密度の雪が載ることで形成する「逆構造」などです。歩いているときの感触や簡易な積雪観察で硬度の異なりを発見できれば、この状況を知ることができます。また、スラブが軟らかければ、下の写真のように林間でも雪崩は発生します。
ウインドスラブは、積雪表層の雪が風で移動し、再配分されることで形成します。よって、降雪がなくとも、風で移動可能な雪があれば、ウインドスラブの危険は生じます。
風で雪面を転がる雪は、砕かれ、小さな粒子となり、再堆積するとき密度の高いスラブを作ります。この雪は密に押し固められるため、風の影響を受けずに積もった雪よりも速やかに焼結が進みます。結果、その急激な焼結の進行によって割れやすい性質を持ちます。
ウインドスラブが形成している斜面は、その雪面の状態を観察することで推察できることもあります。下の写真において雪崩れていない斜面には風紋があり、直近の風で再配分された雪が溜まっているであろうことが見て取れます。
ウインドスラブの形成は、風速と継続時間、そして移動可能な雪の量などで変わります。風の影響が小さければ稜線の風下側に小さなスラブを形成するだけかもしれませんが、その影響が大きい時は、風下側の沢状地形内にもウインドスラブが形成することがしばしばあります。
主稜線を越えて吹く風だけではなく、支尾根を巻くようにして吹く横風でのスラブにも気をつける必要があります。また、一般的には安全な場所と思われている森林帯でも、木がまばらとなり、風が吹き抜けるような場所には局所的にウインドスラブが形成します。
持続型スラブによる雪崩は、スラブの下に持続型の弱層が存在し、それが不安定性の原因となるものを指します。こしもざらめ雪、しもざらめ雪、表面霜といった脆弱性が長く持続する弱層が存在することで、人による誘発可能な状態が長期間続くことが特徴です。
持続型スラブは、特定の標高、特定の方位のみに形成する傾向があります。たとえば、日射の影響がない北側の森林限界付近のみに存在する、あるいは日射を強く浴びる急斜面のみに存在するなどです。このため、不安定性が広範囲に現れ、その認知が比較的わかりやすいストームスラブの危険とはまったく異なる難しさがあります。国内外問わず、経験豊富なガイドなども多数、この雪崩の犠牲となっています。
上の写真の雪崩は粒径1 mm、厚み3 cmのこしもざらめ雪が原因となりました。雪崩発生の約2週間前にまとまった降雨があり、滑り面となる氷板を形成しています。スラブと滑り面の硬度が高かったことが雪崩規模の拡大に影響を与えていますが、持続型スラブではよくあるパターンとなります。
持続型スラブは、形成初期はスラブも軟らかいため、その規模は限定的になる傾向がありますが、時間が経過し、弱層に載るスラブの硬度が増すに従い、支尾根をまたいで広範囲に破断面が走る規模の大きな雪崩を起こすようになります。このような段階になると、弱層は相対的に深い位置に埋もれており、どの程度の刺激で反応するのか、その誘発感度の評価も難しくなっていきます。
持続型スラブの雪崩は、数人が滑走した後に誘発されることもしばしばあります。また、リモートトリガー(離れた位置からの誘発)も一般的です。これらの多くは、弱層が相対的に浅い位置に埋もれている局所を人が刺激することで誘発されます。
ディープスラブによる雪崩は、厚く硬いスラブの下に持続型の弱層が存在し、それが不安定性の原因となっているものを指します。弱層の位置は、しばしば積雪底面の地表に近い位置に存在します。それゆえ、スラブは焼結が進み、硬くしっかりしていますので、これが発生の際に雪崩規模が大きくなる原因となります。
ディープスラブをもたらす持続型弱層は、一般的にシーズン初期、良く晴れた寒冷な気象状況に積雪が曝されることで、その表層で形成され、その後の降雪で深く埋没します。また、降雨による融解凍結層とセットになった持続型弱層もディープスラブによる雪崩をもたらす代表例です。この場合、硬い融解凍結層の存在が、より破壊の伝播をもたらす役目を果たします。
上の写真は2月下旬に発生した雪崩の地形と破断面ですが、このディープスラブの弱層はシーズン初期に形成したと思われるしもざらめ雪を中心としたものでした。風の影響を強く受ける場所のため、スラブ表層はとても硬いウインドクラストが形成していましたが、積雪底部の雪の強度はとても低いものでした。
ディープスラブは、ある山域や特定の山、斜面、標高あるいは方位など、限定的な場所にのみ問題が存在し、隣接する山域や特定の山、斜面、標高あるいは方位には、それが存在しないことがしばしばあります。ディープスラブによる雪崩の予測はとても困難な面を持ち、一端、発生すると破壊的な規模となるため「低い誘発の可能性、甚大な被害」と表現されます。
Unit 6で触れている不安定性を示唆する「直接証拠」と「強い気象現象」を重視してください。ストームスラブやウインドスラブは、気象現象と直結した不安定性になりますので、この2要素に注意を払うことで、その危険度が上がっているときに気づきやすくなります。詳細はUnit 6をお読みください。
日本雪崩ネットワークは様々な情報を提供するために、日々活動しております。今後も持続し続けて行くためにも皆様のご協力が必要です。