基礎知識

Unit 3 雪崩地形

雪崩の危険に曝される場所を「雪崩地形」といいます。この地形内に入らなければ、雪崩のリスクは生じませんので、雪山で安全に行動するには雪崩地形を識別することが、その第一歩です。雪崩地形は、いくつかの着眼点を使って雪山を観察することで見極めていきます。


3.1. 雪崩道

典型的な雪崩地形は、雪崩が発生する「発生区」、その雪崩が流れていく「走路」、そして雪崩が速度を落として停止する「堆積区」という3つの区分を持ちます。そして、これらを総称して「雪崩道」と呼びます。実際の雪山では、発生区からいきなり堆積区となるような場所など、いろいろなパターンがあります。

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写真の雪崩道は、1996年に発生した大規模な雪崩によるものです。山頂付近(A)で発生した雪崩は走路上にあった樹林を伐採し、そこに大きな開放斜面(B)を形成させました。この雪崩の堆積区は、写真の左下(C)まで到達しています。

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3.2. 発生区

雪崩地形で最も重要なのは発生区の見極めです。以下では、発生区を識別するための着眼点を解説していきます。

3.2.1. 斜度

発生区を認識する際、最も重要な要素が「斜度」です。ほとんどの雪崩事故の原因である面発生乾雪表層雪崩は、斜度が30°から45°の間で起きています。特に38°から40°付近に発生のピークがあることを覚えておいてください。これからは、斜面を見たら常に「斜度はどの程度だろう?」と考えるようにしてください。

3_03_slope angle.PNG 下の写真(A)では、傾斜が急になるところで破断面が生じています。また、斜面の変わり目に樹木があることもポイントです。

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積雪がとても不安定であれば、写真(B)のように樹林の中でも雪崩は発生します。雪崩の発生区を見極める上で最も重要なポイントは「斜度」であって、樹木の有無ではありません。

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バックカントリーで滑走する人は、スキー場内で滑っているときと意識を完全に切り替えることが必要です。スキー場で斜度40°の新雪コースを安全に楽しめるのは、日々、スキーパトロールが安全管理を行っているからです。バックカントリーでは、上級者にとって最も楽しそうな斜度が、雪崩の発生にも最も適した斜度になります。

・人間の感覚と斜度

人間の斜度に対する感覚は、今、立っている場所の特徴や雪面の状態の影響を強く受けます。言い換えれば、同じ斜度であったとしても、樹林帯をスノーシューで膝ラッセルしている時(写真C)の感覚と、硬い雪面の広い開放斜面をスキーで登っている時(写真D)では、異なった感覚を持つということです。

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この周辺環境による斜度感の異なりを克服し、適切な斜度感覚を身につけるには、斜度計やスマホのアプリを活用して機会あるごとに斜度を計り、そのギャップに気づいていくことです

3.2.2. 風の影響

発生区を見極める2つ目の要素は、風の影響を受けた雪の堆積の有無です。風は雪を移動させ、風下に危険なスラブを形成させます。

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稜線を越える風で堆積する雪を「トップローディング」、支尾根を越える風で堆積する雪を「クロスローディング」と呼びます。降雪時に風があると、短時間で大きな降雪深となり、積雪は不安定な方向へ進みます。また、降雪がなくとも、積雪表層に軟らかい雪があれば、風が吹くことでそれが移動し、風下に危険なスラブを形成します。この場合、風で移動する雪がある場所を「供給域」と呼びます。

・過去の風

あなたが、その斜面に到着するよりも前に、もし、強い風が吹き、積雪表層の雪が移動していれば、雪面には写真Aのような痕跡が残っているかも知れません。この立体的な雪模様を「シュカブラ」あるいは「サスツルギ」と呼びます。この痕跡により、尖った形状が示す方向から強い風が吹いたことがわかります。

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・現在の風

行動している最中に風の状態を観察することも重要です。写真Bのように、雪面の雪が移動する強さの風が、今、吹いているならば、「この風で移動した雪は、どこに再配分され、どのように堆積しているのだろう?」と考えることが必要です。

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3.2.3. 斜面形状

発生区を見極める3つ目の要素は、斜面の形状です。斜面にある積雪は重量の作用により、斜面下方へと常に動こうとしています。結果、凸状部には、引張の力が掛かることになり、雪崩の破断面が生じやすい場所となります。一方、凹状部には、圧縮の力が働いています。もし、積雪内にとても脆い弱層があった場合、この圧縮領域を刺激することで雪崩が誘発される場合もあります。いずれにせよ、急激な斜度変化のある地形形状は、積雪に局所的なストレスが掛かる傾向があり、結果、雪崩を発生させやすい地形となります。

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孤立した地形

地形が積雪を支えにくい、あるいは積雪の連続性が切れる場所を「孤立した地形」と呼びます。こうした場所では、他の斜面よりも雪崩が発生しやすい傾向を持ちます。たとえば、下の写真において、Aの付近は下方が崖となっており、地形が積雪を支えていません。また、Cの付近は全体的に丸みを帯びた凸状地形となっているため、斜度変化がないB付近の斜面よりも、雪崩が発生しやすい特徴を持つ場所となります。

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3.2.4. 植生とアンカー

発生区を見極める4つ目の要素は、植生やアンカーです。斜面積雪を支える効果のある樹木や岩などを「アンカー」と呼びます。アルパインエリアでは高山植物に代表される草花や小石などの砂礫で構成されますので、雪を支える効果はあまり期待できません。また、少ない積雪でも地表の凹凸が埋まり、雪崩が発生する条件が整います。一方、標高を下げるに従って、樹木も多様となり、その密度も濃くなりますので、アンカーの効果は高まる傾向にあります。また、樹木の下枝や灌木が積雪内に取り込まれることも、アンカー効果を生みます。

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3.2.5. 誘発しやすい場所

発生区内には、雪崩をより誘発しやすい場所が存在します。最初に大きな視野で発生区を捉えた後、その中にある誘発しやすい局所を見極めていきます。

・孤立した木

樹木には、積雪を支える効果と同時に、その場所で積雪の連続性を切断している面もあります。また、樹木の幹と積雪は、十分な強度をもって結合していないため、雪崩が発生する際に破断面が生じやすい場所となります。

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雪崩が発生すると、下の写真のように樹木をつなぐように破断面が走ることも一般的です。フィールドでは、複数の要素が組み合わさる場所に注意してください。たとえば、樹木が生えている付近から傾斜が急になるところは、破断面が生じやすい典型的な場所です。

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・突出した岩

樹木の場合と同じように、岩も、その局所で積雪の連続性を切っています。また同時に、岩と雪は十分な強度を持って結合していません。さらに、低温かつ積雪が浅い地域では、岩の周囲の雪は結合力の弱い雪へと変化しやすい傾向を持ちます。これらにより、岩の周囲は雪崩を誘発しやすいポイントになります。

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下の写真の雪崩は、破断面の右端にある岩の上で、滑走者によって誘発されています。破断面はセオリー通りに、露出した岩や樹木を辿るように走っています。また、積雪が浅く、とても寒冷な地域であったため、積雪全体が極めて脆く、乾雪ですが全層雪崩に近い状態で発生しています。

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・岩壁の先端

岩壁など露出した岩は、日射などの影響を受けると暖まりやすい性質を持ちます。このため、岩の上に載る雪が日射と共に崩落することもよくありますし、岩と接する積雪を素早く変化させる原因にもなります。

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下の写真では、岩壁のすぐ下から雪崩の破断面が走っています。この雪崩は自然発生によるものです。

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・雪庇の下

雪庇の下の斜面は、雪の局所的な堆積が起こりやすい場所です。結果、その局所に大きな負荷が掛かることで弱層の破壊が起こり、雪崩が発生しやすい場所になります。雪庇に関して注意すべきことは、必ずしも風下側に張り出した部分のみが崩落するわけではないことです。イラストのように稜線よりも風上側で破断が発生し、雪庇全体が崩落することもあります。

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雪庇は形成する最中や直後はとても脆いのですが、それも時間経過と共に強度が上がります。しかし、その内部は複雑な構造になっており、空洞部もあります。このため、崩落の危険は常にあると考えてください。下の写真のAの付近は、雪庇の上となります。夏の時期の山容を知ることで、そこに平坦部がなければ、それは雪庇や雪が吹き溜まることによって形成した地形であることがわかります。

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・積雪が薄い場所

多くの雪崩は、弱層が浅く埋まるところを人が刺激することで発生しています。イラストでいえば、右側の弱層までの深さが浅いところが誘発点となりやすいのです。人的な誘発による雪崩の破断面の深さは、一般的に40 cmから60 cm程度であり、歩くにしろ、滑るにしろ、人の刺激が弱層まで届きやすい深さとなっています。また、全体積雪が浅いところは、結合力の弱い雪が生じやすく、このため誘発しやすくなるという面もあります。

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この写真は、人的な刺激で発生したサイズ3の雪崩の破断面です。誘発点(A)の破断面の深さは20 cmほどです。この雪崩は破断面の積雪調査(B)が行われていますが、弱層の位置は170 cm下でした。また、この雪崩が発生する前、滑走者3人が斜面(C)に入っていますが雪崩は誘発されていません。

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この状況を説明すれば、雪崩を発生させうる弱層は、この沢状地形の全体に広がっていましたが、C地点では深い位置に埋没していたため、滑走の刺激が届かず、雪崩は誘発されなかった、ということです。そして、弱層が浅く埋まるところで雪崩は誘発され、斜面全体が崩落しました。


3.3. 走路と堆積区

発生区の見極めができましたら、次は走路と堆積区を考えます。走路と堆積区の識別には、過去の雪崩の痕跡や、発生区でどの程度の規模の雪崩が起こりうるのか、そのポテンシャルを考えることで地形が見えてきます。

3.3.1. 過去の痕跡

走路や堆積区は、倒木や樹木の枝折れなど、過去の雪崩の痕跡を探すことからでも可能です。写真は大きな吹雪が去った後に発見された折れた樹木です。この雪崩は、吹雪のため、誰も見てはいませんが、この樹木から大量降雪の最中に大規模な雪崩が発生したことがわかりました。

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雪崩の雪煙によって下枝が取られた樹木を「フラッグツリー」と呼びます。この写真にある倒木やフラッグツリーの状態は過去に発生した雪崩の規模を推察する手がかりとなります。

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樹木の成長の違いで、過去の雪崩を推察することもできます。写真の赤い三角形の区域にある針葉樹は、周囲のものと明らかに成長の具合が異なります。このことから、この場所では過去に大規模な雪崩が発生し、樹木をなぎ倒していることがわかります。

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3.3.2. 発生区のポテンシャル

雪崩地形への理解を深めるには、その発生区で起きうる最大規模の雪崩が発生した場合、どこまでその雪崩は到達するだろうか?と考えることです。一般的に、乾いた雪の表層雪崩では見通し角18度、濡れた雪の全層雪崩では24度が目安として知られています。底辺と高さが3対1の長さを持つ三角形をイメージすると、概ねの18度が理解できます。

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地形は、それを観察する場所で見え方がかなり変わります。上の2つの写真を見比べればわかるように、離れた位置から地形全体を見た場合と、地形内から発生区を見上げた風景ではかなり異なったものになります。写真内のA付近は、そこから離れて観察すれば明らかに堆積区であることがわかりますが、地形内に入っていると認識しづらくなります。


3.4. 地形の罠

小さい雪崩でも重大な結末を招く地形を「地形の罠」と呼びます。たとえサイズ1の雪崩でも、地形の罠が組み合わさると死亡事故になりえます。地形の罠は、漏斗状の地形、深い沢や窪み、障害物、崖、グライドクラック、急激な斜面変化、上部の斜面などが代表的なものです。

3.4.1. 漏斗状の地形

上部が大きく広がり、下部が狭くつぼまっている地形を「漏斗状の地形」といいます。入口は広く緩やかな斜面なのですが、その先は急激に深く、狭い沢地形になっている場所がとても多いのが日本の山岳の特徴です。

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こうした場所では、表層の雪が薄く雪崩れても、地形の中央部に雪がすべて集まってくるため、深く埋没しやすくなります。また、この地形内には安全地帯がほとんどないことも多く、雪崩が発生した際に逃げるのが難しい場所になります。

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3.4.2. 深い谷や窪み

深い沢も典型的な地形の罠です。雪崩れた雪は沢底へ集中しますので、深く埋没しやすい場所です。また、明瞭な沢地形でなくとも、周囲に比べて窪んだ地形は、深い埋没を招きます。そして、厳冬期でも水が流れることで開いている沢底の穴やクラックも、地形の罠です。

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3.4.3. 障害物

発生区・走路・堆積区を問わず、雪崩地形内にある樹木や岩などの障害物は、地形の罠になります。また、気持ちの良い開放斜面の下に広がる樹林も、同様に危険な要素です。雪崩死者の25%は致命的な外傷で亡くなっています。

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障害物によって致命的な外傷を負わなかったとしても、たとえば、顔を強打することで一時的に意識が飛べば、サバイバルの行動ができなくなるため、埋没しやすく、また、流されている途中に雪を飲み込み、気道閉塞を招くことで、あっと言う間に窒息を招きます。

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3.4.4. 崖

崖から落ちれば致命的ですので、地形の罠です。厳冬期の乾いた雪だけでなく、春の濡れた雪の点発生雪崩でも、それが行動する人の足元をすくい、転倒・滑落させることはよくあります。

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発生区だけでなく、流される途中、走路内にある崖から転落し、致命傷となるケースもあります。夏季は滝となっている場所なども、そこに落差があれば、やはり地形の罠です。

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3.4.5. グライドクラック

グライドクラックは、斜面上部からでは見えにくい特徴があります。このため、気づいた時では回避行動が間に合わず、転落するケースがしばしばあります。また、小さい雪崩に足元をすくわれ、グライドクラックに転落し、怪我や致命傷を負うケースもあります。

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グライドクラックがとても深い場合、自力での脱出は困難です。この場合、怪我などがなくても、発見が遅れれば、冷気によって低体温となり、致命的な状況に陥ります。

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3.4.6. 急激な地形変化

急な斜面から、いきなり平坦になるような地形では、雪崩れた雪は、狭い範囲に厚く堆積しやすい傾向があります。このようなところも地形の罠になります。

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急激に地形が変わるところでは、雪崩れた雪は急停止しますので、その際、巻き込まれた方に大きな負荷が掛かります。写真のような濡れた雪であれば、1㎥換算で300 kgはありますので、簡単に致命的な怪我を負います。

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3.4.7. 上部の斜面

自分より上方にある発生区の状態は、正確にはわかりません。そこは風や日射などの外的な要因で、積雪がより不安定になっているかも知れません。また、別グループが、その斜面に入ろうとしているかも知れません。3_39_OHH.PNG

下の写真からわかるように、自分の周囲に樹木があったとしても、その上部に発生区がある場合、そこは安全地帯ではありません。雪崩は簡単に樹木の間を通って流下してきます。雪崩があったからといって、必ずしも、樹木が折れるわけでもありません。視界が悪いときは、自分がいる場所の状況に気づきにくくなるので、特に注意が必要です。

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3.5. 雪崩地形まとめ

このユニットでは、いくつかの着眼点を使うことで、雪崩地形を識別することを記載しました。最初に発生区を見極め、次にその地形のポテンシャルを考えることで、走路や堆積区が見えてきます。そして、小さい雪崩でも重大な結末を招く、地形の罠も大切な要素でした。

この後は、実際のフィールドで、着眼点を使いながら、地形を見極める経験を積む必要があります。このとき、最初に行ってほしいことが、斜度感覚を身につけることです。そして、地形を理解したグループマネジメントを実行する必要があります。地形に合ったグループマネジメントができていないと、雪崩事故が発生した際、被害は甚大なものとなるからです。

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また、積雪と地形の関係も現場経験を通して理解していく必要があります。積雪は場所によって、状態が変わります。これを理解するには両者の関係性を知る必要があり、知識と経験がバランス良く育たないと現場でのコンディション判断は難しいのです。このスキルの習熟には時間がとても掛かります。地形を使いながら、安全マージンを取りつつ、ゆっくりと学んでいくしかありません。

雪崩地形で長く活動し、生き抜くには、地形に関わる基本事項が、雪崩対策の根幹であることを忘れないでください。

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