基礎知識

Unit 1 雪崩の危険

雪崩による死亡事故の実態と、雪崩の危険をどのように考え、どのようにして経験を積んでいけばよいのか、その概略を整理しています。


1.1.雪崩死亡事故

過去30年間(1991-2020)のデータをみると、国内での雪崩死亡事故は、年平均6件発生し、9人が亡くなっています。シーズンの雪崩死者数は年ごとに大きな変動があり、その数が増えるときは、積雪がとても不安定な期間である「雪崩サイクル」と人出が多い週末が重なる場合、あるいは多人数が亡くなる事故が複数、発生する場合などです。

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発生場所でみると山岳での事故が件数の85%を占めています。一方、スキー場内は6%と限定的で、そのほぼすべてが閉鎖区域です。滑走可とされているスキーコース上での雪崩死亡事故は1997年以降、発生していません。バックカントリースキーは「山スキー」ですので、山岳での事故として区分されます。この他、工事などの「作業現場」で7%、「道路」や「施設」などで各1%の発生となっています。

山岳での死者の傾向

山岳で発生した死亡事故をみると、死者の89%が男性です。そして、その年齢構成は下図のように30代~40代で50%を占め、中央値は41歳です。死者の最年少は16歳、最高齢は78歳、24歳以下の死者の44%が大学の部活動によるもので、高校生は8人(内7人が同一事故)となります。また、死者全体の49%が山岳組織に属する方であり、それ以外の方を含め、一般的に「経験ある」と表現される熱心な雪山利用者が雪崩の犠牲になっています。

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山岳での雪崩死者の死亡原因は窒息62%、外傷15%、低体温5%、不明・その他18%です。海外のデータでは窒息75%、外傷24%、低体温1%の割合がよく知られています。両者の数字の異なりは、データ数と不明数に起因しており、全体傾向として、窒息と外傷が主な死因であることは同じです。

山岳において死亡事故となった雪崩に流された人の結末の割合が下図になります。過去30年間(1991-2020)で500人が雪崩に流され、238人が死亡し、115人が怪我をしています。言い換えれば、雪崩に巻き込まれた方の7割が死傷しています。このデータには、死者が出てもおかしくない規模の雪崩に巻き込まれて助かった人が含まれていません。考えるべきは、そのような人には幸運があっただけで、データが示すような重大な結末になっていても不思議ではなかった、ということです。

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雪崩に限らず、雪山からの「生還ストーリー」は私たちの心を動かしますが、それに重きを置くことは雪崩が本来持っている危険に対する認知を誤らせることになります。雪崩に流されたものの、幸いにも生還できたとしても、深刻な後遺症を負う方も多数いらっしゃいます。脊椎損傷による下半身麻痺、低酸素脳症による言語障害や四肢の不快な痺れ、重度の骨折による数度の手術や厳しいリハビリ、PTSDによるスノースポーツからの離脱など、これまでも国内でこうした事例がいくつもあります。そして、このような深刻な事後の状況は報道されることがありませんので、知らない方も多いと思います。

「雪崩には遭わないこと」が最も重要です。

※上記データの出典は『雪崩事故事例集190』(山と渓谷社)。


1.2.重たい雪

雪崩が危険である理由の一つは「雪がとても重たい」からです。ドライなパウダースノーを軽快に滑走する人にはイメージしにくいかも知れませんが、人が誘発する雪崩を構成する雪は1立方メートルあたり100-250 kgの重さがあります。このため、とても小さい雪崩であっても簡単に人の足元をすくい転倒させます。そして雪崩に埋もれてしまえば、まったく身動きが取れなくなります。

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このような重さのものが、ある速度で移動するのですから、とても大きなエネルギーを持ちます。樹木を折ることもありますし、建物や大きな構造物を壊すこともあります。小さな雪崩であっても、もし、あなたが流されて木に激突すれば、動いている雪の重さとエネルギーが、そこに一緒に加わるのです。このとき、あなたの身体に何が起こるのかを少しでも想像できれば、雪崩に巻き込まれることがどれだけ危険であるか、わかると思います。


1.3. 危険の考え方

雪崩の危険は、3つの要素で構成される「雪崩の危険トライアングル」で考えるとシンプルに理解できます。このトライアングルは、雪崩を発生させうるほど「不安定な積雪」があるときに、雪崩の危険に曝される特徴的な場所である「雪崩地形」の中に「人や施設」が存在すると、危険が生じることを示しています。

1_05_triangle.PNGこれは危険要素である「ハザード=雪崩」に人が曝されることで「リスク」が生じるという一般的なリスクマネジメントの考え方と同じです。ですから、雪崩リスクマネジメントでは、雪崩地形内に入る人の数と時間をコントロールすることが最も大切です。そして、雪崩地形とグループマネジメントの整合が悪いときに、甚大な被害を伴う雪崩事故は発生しています。

また、雪崩リスクマネジメントでは「脆弱性」も考慮します。脆弱性とは雪崩という外的な刺激に対して、どの程度の耐性を持つのかです。これによって結末の被害が変わります。アスリートと高齢者では身体の強度が異なりますし、頑丈な車両や建物の中にいる人と、生身の身体で行動している登山者でも明らかに異なります。そして、雪崩ビーコンなどの雪崩対策装備の有無でも結末は変わります。

登山にしろ、バックカントリーでの滑走にしろ、雪崩地形に入る機会があるわけですから、程度の差こそあれ、本質的にリスクを引き受ける行為になります。成人の場合、これは自己決定の文脈においてリスクの引受がなされますが、その許容水準は個人あるいはグループで異なります。

このため、雪山に入る人は、事前の計画や訓練、携帯する装備、フィールドに入る前の気象や積雪に関する情報収集、そして現場での状況判断と適切な行動管理などによって、グループメンバー全員が許容できる水準までリスクを低減する必要があります。


1.4. 経験を積むために

雪崩に遭う可能性を下げ、上手に経験を積んでいくには、以下のようなことを大切にする必要があります。基礎知識のページは、このプロセスを踏まえて書かれています。

❆まず、雪崩地形の見極め方を知る

着眼点を使って地形を観察し、雪崩の危険に曝される場所を知ることが、その第一歩です。経験が浅い方であっても、地形の見方の要点を理解できれば、典型的な雪崩地形を認識することが可能です。

❆地形認識に基づいた行動様式を理解し、習慣化する

移動する際は、可能な限り、雪崩地形に入らないこと、そして休憩や仲間の滑りを待つときなど、ある一定の時間その場に停滞するときは、「必ず、雪崩地形を外す」ことが最も重要です。また、雪崩地形内に入るときは、間隔を開ける、一人ずつ滑るといった原則的な行動様式を守り、それを習慣化させてください。

❆積雪コンディションは雪崩情報を活用する

シーズンに数回しか雪山に入らない人であれば、コンディション判断のスキルを身につけるのはとても難しいものです。雪崩情報は、発表区域における積雪コンディションの全体傾向を表現していますので、それを上手に活用します。

❆雪崩情報がない地域では不安定性に関わる重要データを見逃さない

気象現象が直結する不安定性は、それを示唆する重要データをフィールドで得られる場合がしばしばあります。それらを見逃さないように注意しつつ、コンディションの評価と行動判断をします。

❆地形を使って安全のマージンを取りつつ、フィールド経験を積む

コンディションに合わせて適切な地形を選び、その危険を減らすことを考えてください。今日のコンディションはよくわからない、という場合は、地形を使って安全のマージンを大きく取ることです。

❆不安定性の評価に慣れつつ、積雪の空間的多様性を知る

コンディションの評価はいろいろなデータや情報を統合して考えていく継続的な作業です。これにはフィールドでの経験と雪崩に関する知識がバランス良く必要なため、その熟度はゆっくりとしか上がりません。歩いているときに表層の雪の違いに気づく、安全なところでスキーカットをしてみる、簡易な積雪観察をするなど、注意深い観察を続けることで、積雪コンディションの全体傾向と場所による不安定性のばらつきを少しずつ学ぶことができます。

❆評価や判断に影響を与える人的要因があることを知る

個人としても、グループとしても、その評価や判断には必ずバイアスが掛かります。そして、ほとんどの雪崩事故にはヒューマンファクターが関係しています。「最大の敵はあなた自身」とは昔からの警句です。この罠に陥らない工夫を知る必要があります。

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❆すべての段階で不確実性があるため、地形利用と行動様式が大切であることを知る

一歩ずつ学んだ人は、私たちはかなり「不確実な世界」で活動していることを知ると思います。基礎的な地形認識を使って安全のマージンを確保しつつ、たくさん山に行くことです。フィールド経験を通して少しずつ積雪の不安定性を理解していくと、積雪に変化を与える要素としても地形があることを知るでしょう。そして、コンディション評価の不確実性とうまく付き合うには、わからなさの程度にあわせて地形を選ぶことが最善であることに気づくと思います。これを昔から「Question is Stability, Answer is Terrain」と雪崩のプロは表現しています。そして、事故は起こりえますので、適切な行動様式を続けることが、その被害を小さくすることを忘れないでください。

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